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三線おやじの三線づくり あとがき [手作り三線]

あとがき

三線沖縄.jpg そもそもの始まりは、一度は沖縄に行っておきたいと思った事でした。
 大きな病気をして仕事を辞め、治療に専念しました。治療は何とか成功して命は取り留めたのですが、回復が思わしくありません。このままでは、どんどん悪くなってどこにも行けなくなるかもしれないと感じていました。体力だけではなく、気力もどん底状態でした。本来ならもう少し元気になっているはずなのに、なかなか体を思うように動かせないので、ふてくされて一日中横になっていました。そんな私を見かねた妻が、沖縄旅行を計画してくれました。私も、ここで無理をしなければ後悔すると思い、沖縄に行ってみることにしました。
 沖縄に行ったからといって、急に元気になるはずはありません。半日も観光すれば、もうヘトヘトです。ホテルに帰って部屋でゴロゴロしていました。妻にとっては、さぞもどかしかったと思います。妻は、沖縄の伝統工芸である紅型に興味があり、体験や工房巡りを計画していました。私がホテルで休んでいる間に、紅型工房に立ち寄るようなこともありました。こんな私ですから、観光ペースも本当にゆっくりです。レンタカーを借りて、一日に3ヶ所位しか回りません。そんな数少ない中の立ち寄り先である、沖縄の伝統や文化を体験できるテーマパークで、初めて沖縄三線と出会いました。そこは、あらかじめ準備された部品を組み立てて、自分の三線を作る体験工房です。紅型の体験を予定に入れていた妻が、私に気を遣って勧めてくれたのがきっかけでした。

三線愛用.jpg この時はまだ、三線も弾いてみたいが本物は高いので、まずは土産物レベルで試してみようと思っていました。滞在したホテルに格安で三線の弾き方を教えてくれるコースがあったことも幸いして、しだいに三線を弾く事に対する興味が沸いてきました。うちに帰ってからも、沖縄滞在中に購入したCDと楽譜を参考にして、暇さえあれば三線をつま弾いていました。沖縄に行く前とは違い、少しですが生活に張りが出てきました。
 土産物の三線でも癒しの音は出るし、左手の指使いがギターと比較すればとても楽です。殆どの曲は歌とほぼ同じ旋律を弾く事も、より親しみやすい理由になっています。ギターは途中であきらめた妻も、三線を弾くようになりました。こうなると、妻用の三線も必要になってきました。でも、近くの楽器屋には三線は置いてありません。そこで思い出したのが、三線の部品を組み立てた事でした。胴に布を張るのは素人には難しいが、それを缶で代用すれば、他の部品は何とかなるのではと感じたのです。
 まず、沖縄で購入した三線の構造を理解することから始めました。構造はとても単純でした。原始的と言っても良いくらいです。しかし、無駄は全くありません。素朴だけれども完成された構造が、私を魅了しました。写真で見る限り、私が購入した廉価版と本物の三線の間に基本的な構造の差は無いようです。これは面白い。病気の治療で退社してから感じることの無かった、私の中の物作りの心が呼び覚まされました。

 この後の私は、三線づくりに夢中になりました。なるべく良い音を求めて、色々な三線を作りました。このことは、私の生活にも変化をもたらしました。やりがいが出てきたのです。知人の為に三線を作ったり、DIYのコンクールに応募するようにもなりました。お陰様で、コンクールでは工作部門の大賞を頂きました。もし私が三線と出会わなかったらどうなっていたかを考えると、恐ろしい気持ちがします。病気からの回復の遅い自分を恨みながら、毎日を無為に過ごしていたに違いありません。ある意味で、三線が私を救ってくれたのです。妻と三線には本当に感謝しています。
 でも、作るレベルをさらに上げて、本物の蛇の皮を張るとか、黒木(黒檀)の棹を作ることは当分無いと思います。私を救ってくれた三線づくりを一人でも多くの方に体験して頂きたい。これが今の私の気持ちです。そのためには、一般的に入手できる材料と道具でどこまでやれるかを追求すべきだと思っています。材料も構造も本物と同じなら良い音がするかもしれません。しかし、材料の値段も作り方の難しさも、趣味で作るには度を超えています。作って楽しめ、弾いても楽しめる。そんな三線を目指しています。

三線集合.jpg

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